他人の価値基準はどうでもいい

kaiji2

「働きたくない」と思う場合、他人がどうかは関係ないんですよね。

もしも「自分は働きたくない」と感じているのであれば、これ以上明確なものはありません。
「社会がこうだから」「みんな頑張って働いている」みたいな考え方をすると不幸を招きます。

我思う、ゆえに我あり。

あらゆる存在は疑うことができますが、そう考えている自己の存在だけは疑うことができないのです。
「働かなければならない」という常識は疑うことが出来ますが、「働きたくない」と考えている自分の思いだけは疑うことが出来ないのです。

わたしは働きたくない!
それだけで十分。

賭博黙示録カイジという漫画に以下のような名言があります。

「他人なんか関係ねえんだよ…!
オレだっ…!
オレだっ…!
オレなんだっ…!
肝心なのはいつも…!
オレがやると決めてやる…
ただそれだけだっ…!」

結局のところ、コレなんですよね。

当たり前なのですが、人間それぞれ違うわけで。
誰かに合わせるのが得意な人もいれば、極端に苦手な人もいます。

大前提がそうなのに「社会人として」「みんなが云々」みたいに、みんな同じように頑張ることを求められるんですよね。
で、「こうあるべき」みたいな基準に満たないと、下手をすると人格全否定くらいの勢いになってしまうわけです。

怖い話です。

「働きたくない」なら、それでいいのです。
いきなり「働かないでお金が入ってくる生活」は難しいですが、そこに「向かうこと」は出来ます。
「向かうこと」が出来れば、いつかはたどり着きます。

それなのに「向かうこと」すら放棄して、他人の価値基準で生きて、絶望している人が多いのが、悲しい現状です。

まぁそうはいっても、我々日本人は子供の時から学校教育で、常に比較され、点数をつけられ、他人の価値基準で考えるように教育されてきました。
だから、「他人の価値基準はどうでも良い」と言ってみても、なかなかコレを払拭するのは難しいんですよね。

特に「自分よりえらい人」みたいなのに弱いと思うんですよ。
わたし自身も、「えらい人の価値観に従わなければならない」という妙な強迫観念があって、なかなか払拭できませんでした。

これに関してはいくつか私が試した方法があります。

・えらい人が「働きたくない」を肯定している本を読む
・やりたいことだけやって楽しく生きている人に会う

この辺がおすすめです。

他人の価値基準で生きて苦しい思いをしてしまう人は、まずはそれを上書きして、自分の価値基準で生きていけるようにしていきましょう。

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